Second Event

イカイ

UnderWorld

 

暖かい光でフロアを包み込んでいたシャンデリアだったもの。
看板をショートさせながらもいつか来るかもしれない来客を待ち、埃を被っていたバーカウンターにDJブースだったもの。
所々が破け砕け綻びながらも、疲れた身体を休ませられたソファにテーブルに椅子。

それらは赫く黒く、まるで猟奇殺人者アート展の展示品の如く、臓物と骨と錆びた鉄線に覆われた血肉のオブジェへと変貌を遂げていく。

ドクリ・・・ドクリ・・・と脈立つそれらは、まるでこの空間自体が立ち尽くす者達を捕食しようとしているよう。

『地獄』というキーワードを100人がもし連想したのならば、半数以上はこのような光景を連想するのではないだろうか?

今まで自分が閉じ こもっていた灰色の世界が、瞬時に砕け散り、赫に染まり、引き返せない日常が遠く沈んでいく。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!」

恐怖にその顔を歪ませる化粧の濃い女。

唖然とし、顔を強張らせているヤクザ風の男。

驚愕と後悔の念に言葉を失う中年男性。

この地獄を冷え切った目で見る少女。

そんな人々を玩具を眺める子供のように無邪気で残酷な笑みで見つめる青年。

誰も言葉を発しない。

そんな人々の絶望を呑み込むように立ち籠めた赫い霧が周囲を瞬時に覆い。
一瞬遮られた視界が再び捉えた世界は、数秒前にいた老朽化したナイトクラブではなく、生々しい血と臓物の香り漂う異空間であった。

ズキッ!ズキッ!!

頭の中に 走るノイズが痛む・・・
砂嵐にまみれた映像が頭を駆け巡る・・・
自分の思考がまとまらない・・・

「ガキ・・・知ってること全部話せ!!」

沈黙を破ったのはヤクザ風の男だった。

岬 海に近寄り襟元を握り、首を締め上げるように引き上げる。

止めるべきなんだろうか・・・
だが、異質な世界に突如放り込まれた混乱と、もし岬 海がこの惨状の原因を知っているのならば自分も知りたいという思いが自身を傍観させた。

状況が全く掴めない。
自分の大事な人だけは守らなければ。
これから起こるかも知れない、騒動に備え、ヒナを背に片腕を広げる。

ヒナは無表情のまま、ヤクザの怒声にも、この状況にも関心がないかのような視線を俯かせたまま、小さなソファの上で両腕と膝で抱えている。

「・・・・・・・・」
「黙ってないで何とか言え!!!!」

ヤクザに襟元を締め上げられながら、岬 海は、溺死しそうな哀れな小動物がもがく様を見るように、飢えで苦しむ人々が救いを求める様を見る様に、そうしたモノを嘲笑う様に。
笑みを浮かべる。

「本日はようこそお集まり頂きました。スペシャルイベント!ドッペル殺し!!存分にお楽しみください」

岬 海は、まるで馴れない司会者が棒読みなくせに、恰好だけはつけて挨拶をするかの如く。
ニタニタと嘲りながら淡々と言葉を発した。

ヤクザ風の男の顔の視線が、みるみる憤怒の色へと変わっていく。

「テメェ!!嘗めんてんの・・・!!」
その怒声は、途切れた。
いや、途切れさせられた。

岬 海が取り出したバタフライナイフによって。

ナイフをヤクザ風の男の首元に押しつけながら、淡々と言葉を発する。

「嘗めてるんだよ」

その顔からはニヤつきが消え、なんの感情も浮かびあがらない、冷たい視線がヤクザを射る。

「今さらガタガタ言うなよ・・・つーか」


右手で押しつけたナイフをそのままに、左手を自分の襟元を握りしめる男の、右の手の上に乗せる。

「お前がハナせ」

「・・・・・・」

襟を締め上げていた手を離し、踵を返し舌打ちをしながら、ヤクザ風の男は他の者と同じ位置まで戻る。

その顔にはうっすらと冷や汗がにじんでいるように見えた。

他の人達は、ヤクザ風の男と岬海のやりとりで、さらに今の状況に不安を募らせて いるようだった。

皆、岬海を見ている。

岬海の冷たい視線が、自分の視線と交差した気がした。

自分を見て一瞬笑った?

ゾク・・・

何故か動悸が激しくなる。
この人の視線は何故か心をざわつかせる。

まるで、自分の中にドロドロと渦巻く不安や、負い目や、妬み。
そうした負の感情を全て見透かされているような。
まるで、古くからの親友が実は殺人者で、変わらない笑みを自分に浮かべてきたような。

そんな自分の心のざわめきに、気付いたのか?
岬海は一瞬、自分の目を真剣な目つきで捉えると、さらに不気味な笑みを作った。
とても楽し気に。

そして高らかに述べた。

「レディース&ジェントルメン!!俺は主催の岬海!!気軽に海と呼ん でくれていい!色々と不安!不平!不満!を募らせているだろう皆様に、まずは本日のイベント!ドッペル殺しの説明を改めてご説明させて頂く!」

不気味な霧が立ち込める中、バタフライナイフを持ちながら、両の手を、まるでコンサートホールの指揮者がクライマックスに向け、オーケストラを鼓舞するように、大きく広げ、自らを負の視線で見つめる者達に向けて告げる。

「ドッペル!俗にいうドッペルゲンガー。
これからもう一人の自分を探し出し、殺すゲームをして頂く!
ステージはこの異空間となったクラブ全体!
途中退出はできません!
ドッペルを殺す為なら何をやってもよし!!」

殺す。
というキーワードに合わせ、海は立ち込める赫い霧をナイフで切り裂いていく 。
ナイフで血飛 沫を撒き散らすように。

ドッペル・・・
確かBARで客が噂話をしていた都市伝。

・・・・・・・・・・ズキッ!

(もう一人の自分が現れて、殺しに来る。)
(生き残るには、もう一人の自分を殺せ。)
(この街の何処かで密かに行われている。)

ドッペル殺し


皆一様に、海の説明が進むにつれ、より視線の陰りが強くなっていく・・・

「・・・・・そして、見事このゲームをクリアした者の望みは!俺が責任を持って叶えてやる!!」

「「!!!!!!」」

これまでで一番の笑みと、冷酷な目をしながら言い放たれた海の言葉に、皆な視線を覆っていた陰りから何かが飛び出す。

歓喜、驚嘆、羨望。

(ゾ・・・・)


立ち込める空気が、数秒前とガラリと 変わったことを感じる。

それが、今自身の置かれている状況の変化よりも、禍々しい異常な空間の変化よりも、気味が悪く、気持ち悪かった。

望み・・・

もちろん自分にだってある。
望むもの、足りないもの、手に入れたいもの、満たされない自身を埋められるもの。

退屈な日常の変化。
刺激的な日々。
そして・・・・・叶わない恋。

だけど、求める人間というものを自分は初めて知った気がする。

本当に望みを求めるということ。
本当な叶えたいモノがある者とはどうゆうモノなのかを目のあたりにした。

だけど、何故みんな岬 海の言葉をそのまま聞き入れりのだろうか?

確かに、こんな異常な状況ならば、魔法を使う魔人が現れて願いを叶えてもくれそうだが・・・

そんな猜疑心を感じさせないくらいに、皆、岬海の言葉をそのまま受け止めているように感じる。

ただ一人、ヒナだけは海の言葉に関心がないかのように一人視線を俯かせている。

いったい今はどういった状況なのか?
何故、ここにいる人々はここに集まったのか?
ヒナは何故こんな異常な場所に来たのか?


「本当・・・なんだな・・・」

今まで口を閉ざしていた中年男性が、足をふらつかせながら一歩一歩、海へと近く。

「本当に!1億貰えるんだな!!!???」

1億・・・!?
中年男性が発した望みに驚愕する。
今まで、自分の人生でただの単位でしかなかった億という金額。
それが、初めて自分の人生のリアルに現れる。

「・・・もちろんです社長」

海は、優しく、やわやかな笑顔で、微笑み 、話す。

「ゲームをクリアしたならば。」

そして、置く。
中年男性。
社長の手の平に、100枚はあるだろうか・・・
1万円の束を。

「倒産しかけている会社。立て直せますよ。」

先刻まで死人のようだったその顔は、みるみる蘇り。
目を見開き、血走らせながら、その手に置かれた札束を握り締める。

その視線に映っているのは、この世の真理の一つ。
金の力と宿る欲。

「・・・金・・・金・・・金!!!」

自分には、まるでやり手のセールスマンが、言いくるめたターゲットを釣り上げる為に手渡したように見えた。
死への招待状を。

海は、続けてヤクザ風の男と、化粧の濃い女に視線を向けた。

「無論、多田さんにも、そして沙羅さんの願いも忘 れていませんよ。」

ヤクザ風の男、多田に目を向ける。

「兄貴分を攫った奴の居場所と身柄、約束通りお伝えします。」

多田の目は見開き、まるで、その目で人を殺さんとばかりに海を凝視する。

そんな視線を心地良さそうに、受け止めながら海は話を続ける。

濃い化粧の女、沙羅に目を向ける。

「店を裏切って、必死の思いで持ち出した金。
相方に持ち逃げられ、ケツ持ちからは追われ、大変でしたね。
安全な逃亡先と身分、新しい人生を提供致しますよ。」

沙羅と呼ばれたキャバ嬢は、恐怖と希望の矛盾した視線を海の目から背ける。


金。
復讐。
保身。

望みを叶えに来た3人。
その胸中にあるであろう、苛烈な想いは、彼等に死のリスクをも乗り越えさせて此処に導いたのであろう。

そんな3人を自身のイベントを構成する1パーツの如く、優しく、笑いながら、死地へと誘おうとする自分の同い年くらいの青年。

いや、もう既に此処は死地なのであろう。

この空間、そして此処にいる人々がとても歪で、気持ち悪く思えた。

それは自分が、自分の命をかけてまで叶えたい願いがないからなのかも知れない。

命をかけて何かを成し遂げようとする人を嘲る非人間性というような精神を持ち合わせていないからかも知れない。

ヒナは・・・・どうなのだろうか?
ヒナも命を賭して叶えたい願いがあって此処に来たのだろうか?

ヒナを見る。
ヒナは相変わらず俯いたまま動かない。

海もヒナに は視線を向けなかった。


激情に駆られている3人を満足気に見つめながら、再び高らかに声をあげる。

「さぁ!!みなさん!!今宵のイベントも楽しみましょう!!」

そして、皆にルールが告げられた。




ルール

1*ドッペルを殺さなくてはならない

2*全員がドッペルを殺すまで出られない

3*ドッペルの姿、知識は自身と同じである

4*生き残った者の望みは叶えられ、神の力を授かる




5*自分のドッペルと眼を合わせてはいけない

「!!!!!!!!!!!!!!!!!」

その視線に、思わず後ろを振り返る。
身体中が凍えていく感覚。
額を汗が溢れ落ちる。

確かに感じた。
今、ナニかに見られていた。

狂気でも憎 しみでも怒りでも殺意でもない、何も感じさせない、ただただ自分を捕らえる視線。

振り向いた先には血肉の鉄線で覆われた、エントランスのメインドア。

感じたアノ視線は、幻だったのか?
幻のように消えたのか?

恐怖を感じながらも、何故か少し懐かしさを感じていた。

海が最後のルールを告げ終わる。

「神の力・・・ね・・・」

多田と呼ばれたヤクザが、再び海へと近づいていく。

「そんなもんはどうでもいい。
兄貴の居場所と攫った野郎。
このくだらないゲームを終えたら必ず教えてもらうぞ。」

先ほどのような争いこそ起こらなかったが、ヤクザは凄味を利かして海に歩みよる。

「約束違えたら殺す!!」

そして、これでもかという位の 殺意のガンを飛ばし、歩みの先を変える。

そんな多田に海は指でOKサインを示す。

殺意の視線はそのままに、多田は、エントランスフロア左手、NOAと書かれた扉に歩を進める。

「君・・・」

「・・・?はい。」

自分に話かけられたのだと気づかなかった。
化粧の濃い女、紗羅と呼ばれたキャバ嬢が自分に感心の目を向けていた。

「君って、ヒナちゃんの何?」

優し気な瞳と、マッタリとした口調で微笑みかけてくるキャバ嬢。

「え・・・・」

全く想定外の問いかけに頭がフリーズする。
ヒナの・・・何?
関係?
彼氏・・・・ではない。
友達・・・だとは思う。
本当に・・・?
ヒナはどう思ってるのだろうか・・・。
色々な問いが頭に浮かんで は消え、うまく返答を返せない。

「そっ。」

そんな自分の顔を見ると、瞬時に浮かべてた笑みを消し、全く興味がなくなったかのように自分から視線を逸らした。

なんか・・・こいつ嫌いだ・・・

キャバ嬢は海に近づいていく。

「ねぇ・・・海くん。」

「・・・・・」

「もちろん海くんのこと信じてるんだけど、本当にこんな異常な事が起こるなんて思わなくて。
わたし怖いの・・・。
何でもするから、こんなゲームしないで早く私と一緒に遠くに行きましょうよ。
わたし、何でもしてあげる。」

キャバ嬢が、海に擦り寄る。
BARでも良く見る風景。
自分とは余りに違う対応。
トロンと甘い視線。
女が獲物を狩る目。

そんなキャバ嬢に、海は微笑 みかける。

「無理です。沙羅さん、このイベントが終わったらて約束ですよ。どのみちドッペルを殺さないとボク達ここから出られないですし。」

「う・・・うん。本当にドッペルなんているの?いえ、いるのよね。海くんが言うんだから・・・。
ねぇ・・・ドッペルと眼を合わすとどうなるの?」

キャバ嬢は自分を取り囲む肉片と臓物の鉄線で埋め尽くされた地獄を見ながら、不安そうに海に寄り添い、瞳を向ける。

海は微笑みを変えぬまま視線を合わす。

「死にますよ。」

「!!!!!!!」

キャバ嬢の顔が引き攣る。

死・・・・

自分も改めて辺りを見渡す。
足元から天井まで、蠢く血管のように赤く赫く拡がる鉄線。

そしてその鉄線が張り巡らせ る臓物や、歪な形に変形した家具や外壁から生まれていく眼球が脈動し、人骨のようなオブジェが空間を禍々しく彩る。

赫い霧で視界は悪く、少し遠く離れたら人の姿なんてすぐ見えなくなってしまいそうだ。

なんで、自分はこんなにも冷静なんだろうか・・・

最初こそ驚いたものの、何故かこの状況を、こんな非日常を自然と受け止めている自分がいる・・・

・・・考えても仕方ない。

とにかく自分はヒナを守ることだけに集中すればいい。

ヒナに視線を向ける。
やはり今日のヒナは変だ・・・

このクラブに着いた時に、いつものヒナを垣間見せた以来。
Barでも、ここEdeNでもずっと俯きながら、感情が読み取れない無機質な視線をその綺麗な顔に浮かべている。

・・・・・・

このクラブが、こんな風になってから、ヒナはずっと同じ視線を浮かべている。

この非日常を当たり前と受け止めている・・・

「では、そんな沙羅さんに朗報を。」

海とキャバ嬢が何やら身体を寄せ合っている。
何か耳元で呟いているような。

一瞬、キャバ嬢の瞳が暗く冷たい視線を何処かに向けた気がした。

そのまま、沙羅と呼ばれたキャバ嬢は、多田と呼ばれたヤクザが消えた先。
NOAと書かれた扉に歩を進めた。


こうしてエントランスロビー(すっかりと変質してしまったココをそう呼ぶのが適切かどうかは分からないが)には、自分とヒナ、海と社長。
4名が残った。

ダメだ・・・
このまま流れに身を任せることが、酷く恐ろしいこと につながると感じる。

でも、こんな歪な世界で自分に何ができるのであろうか・・・
日常でも無力な自分が、こんな非日常でできることはあるのだろうか・・・

分からない・・・
ただ、俯くヒナを見て、何かをしなければならないと決意する。

分からない、今がどうゆう状況なのか未だに分からないけど・・・

とにかくここから早くヒナを連れ出さないと!!

ヒナが今にも永久に失ってしまいそうな・・・
漠然とした確信が胸をざわつかせる・・・

その不安をぶつけるように・・・
ココに入って来た時に通った扉に近づき、そのままただ力任せに・・・

蹴りつけた!!

ギィィン!グシャァ!

扉に巻き付いた歪な鉄線と、浮かび上がる臓物や瞳をそのまま に蹴りつける!

ギィィン!!グシャァ!!

バイトの為に磨いたドレスシューズに赤い肉片がこびりつくのも構わず、ひたすら扉を蹴り続ける!!

ギィィン!!ギィィン!!グシャァ!!グシャァ!!

「開けよ!!!!!!」

ギィィン!!!!!

「・・・・・ハァ、ハァ。」

その向こうに日常が広がっているはずの木造の扉は、まるで何もなかったかのように自分の行く手を遮っていた。
近くにあったガラス窓より外を見渡しても、そこには自分の顔が反射するばかりで、外界がないかのように、暗い闇を映し出していた。

「お前、何してるんだ?」

黒い長髪を掻き揚げながら、海がこちらに近づいてくる。

「何・・・って。ここから出るんですよ。」

切れた息を整えながら、海の方に身体を向ける。

視線がはっきりと重なる。

「あなたこそ何しているんですか?こんな異常な状況でゲームだなんて。
海さんっていつもここでイベントやられていますよね?出口分からないんですか?」

海が自分を見ている。
その視線は今までと何か違っていた。
何か理解できないものを見るような目。

そういった視線は、この男にとって向けられるものであって、だれかに向けるものではないんじゃないだろうか・・・
海が自分に向ける視線が、とても気味が悪い。

そして、ずっと俯いていたヒナも自分に視線を向けていた。
その視線は何故か、海と同じ感情を浮かべているように見えた。

同じような視線で自分を見つめる海とヒナ 。

それはとても居心地が悪く、耐え難いものであった。

思わず声を荒らげる。

「ヒナさんと付き合ってるんですよね!!??」

ヒナの目が驚愕に見開く。

「彼女に何かあったらどうするんですか!!??」

海も一瞬その視線に驚きを浮かべていた。

なんだ?
自分と二人の何かが決定的にかみ合っていないような・・・

「ク・・・ククク・・・アハハハハハハハ!!」

一転、海が大声で笑い声を上げる。

「何が可笑しいんですか!?」
「あー失礼。君だろ?マコトくんって。」

海が近づいてくる。
自分が憧れ、近づこうと目指した男。
ヒナの想い人。
そして、今、ヒナと自分をこの異常事態に巻き込んだ男。

「ヒナから話は聞いてる よ。」

自分の手の届く範囲まで、海は歩を進め立ち止まる。
その視線は真っ直ぐに自分の瞳を射抜く。
まるで、自分という人間を見透かしているように。
思わず目を背けたくなる威圧感を必死に耐える。

「大切な・・・・」

その視線を自分に注いだまま、海の手が伸びる。
掴んだのは、自分の隣にあった円形のハイテーブルだったモノ。

海はニタァと笑みを浮かべると、ソレを片手で持ち上げ!振りかざし!!

「友達だってな!!!!!」
「!!!!!!!!」

思わず目を背け、手で身体を守る。
来る!と覚悟した痛みは来ず。
ガラスが砕け散る強烈な音が背後より響く。

振り返った先、自分が蹴破ろうとした正面玄関の扉の隣。
暗い闇を覗かせていた 窓ガラスが、海の投げつけたハイテーブルにより砕け散る!
飛び散る破片の一つが目の前に迫り!咄嗟に瞳を閉じ!手をかざす!

・・・・だが、またしても痛みは訪れなかった。
そして開いた自分の視界が凍りつく。

砕け散り、飛散したガラスの破片が自分の目の前で止まっていた。
その破片のことごとくが空中で静止していた・・・。

思わずその破片をつかもうとした瞬間。
赤い光に包まれた破片は、まるで時間が逆流したかのように元の窓枠に巻き戻り、集合し、数秒前までと寸分の違いもないガラス窓を形作った。

「あ・・・・」

理解できない・・・・
いや、理解はしている。
海が投げつけて砕けた窓ガラスの破片が、飛び散った軌跡そのままに巻き戻り、集合し 、何事もなかったかのように、ただただ暗い闇を映し出す窓へと戻ったということ。
だが、信じられない。
常識はもう信じていない。
だからこの結果は、もう、そうゆうモノなのだと受け止める。
だけど信じたくない。
これでは本当に・・・

「理解したか?ドッペルを殺すまで誰もココからは逃れられないんだよ。」

気づいたら、足が砕け床に座り込んでいた。
今、ハッキリと自覚した。

自分は、抜け出せないあの灰色の日常ではなく、逃げられないこの赤く歪な世界に囚われているのだと。
自分の想い人もともに。

そんな自分を海は、フッと再び嘲笑する。

「まぁ、ココから逃げたければ無駄な努力をしていればいいさ。
だけどな、さっきのヤクザやキャバ嬢は もちろん、社長さんに、このヒナだって望んで今日のイベント、このゲームに参加したんだぜ?」

ヒナを見る。
気まずそうに自分から目をそらす。
その視線に反論は浮かんでいなかった。

「・・・そんなの・・・あなたがそうするように唆したんですよね?」

「勿論!イベントの主催として当然。
だが、俺は一切嘘をついていないし、最終的に今日参加する事は、全員が自分の意思で決めている。
無論、このゲームのリスクはでかい。
なんてったって自分の命がかかってるんだからな。
だが、その分のリターンがある!自分の願いが叶い!さらには生き残れば神の力が手に入るんだからな!!」

自信が置かれている世界と、海の揺るぎない自信と言動に圧倒されそうになる。確かに、噂で聞く彼のネットワークを用いれば、金も、復讐も、新しい人生すらも手に入るのかも知れない。
あってから今まで、彼が嘘をついているような目もしたことはない。
だとしたら、ヒナはどんな望みがあって、こんなものに参加したのだろうか?

神の力・・・・。

BARにいた客も噂をしていた。
超常的な力でも手に入るというのか・・・・?
確かにこの現状を見れば、嘘だとは言い切れない。
だとしたら神の力っていったいなんなんだ・・・?

そんな自分の心を見透かしたように海は述べる。


「まぁ、神の力に関しては説明しても、実際に自分の目で見ないとマコト君は信じられないだろうし、今は割愛しておくよ。」

海は自分に背を 向け、社長と呼ばれた中 年男性の方へと視線を向ける。

「社長~!!いつまでそうしてるんですか!?」

社長は海の声に身体をビクつかせると、海から受け取った札束を大事そうに抱えながら、海の方に振り向く。

「いつまでスタート地点で金勘定してるんですか社長~?さぁ!!張り切ってドッペル殺しにいきましょ?」

海は、まるでコンビニにお菓子買いに行こうぜ?
そんな風に、軽く、笑顔で語りかける。

その視線には一切の冗談はなく、一切の反論も受け付けない圧力がこもっている。

社長は目線をそらし、うずくまり、金を握る力をさらに強めながら、ぼそりと何か呟いた。

「ん?なんです社長?」

「・・・・ても・・良いかな?」

「なんです?」

「や・・・止めても 良いかな・・・?このゲーム?」


!!!!!!!!!!

社長が言葉を発した瞬間。

海の視線を感じとる。
それは瞬時に自分の死を連想させた。

その目に浮かぶモノは怒りや、軽蔑や、殺意や、思いつく言葉では表現できなかった。

その瞳は確かに社長を映しているが、その視線にはもう社長はいないような気がした。


「いや!約束もあるし・・・一度は自殺も考えた身だ・・・。
だけど、この場には来たんだし!命まで賭けるようなこと本当に儂にさせるつもりじゃないだろ??儂は君のVIPだろ!?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「君のイベントでかなりの金額を使ってきただろう!?1億とは言わない!ゲームを降りる代わりに半 額の5000万で良いから、約束の金をもらえないか??」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「なぁ?・・・・・いいだろ?海君??」

「・・・・・・・・・・・・・・当たり前じゃないですか!社長!!」

海がぞっとするような満面の笑みを浮かべる。

「僕と社長の仲ですよ!!」



海がなんの感情も感じ取れない視線を社長に向け、そのまま仲の良い旧友かのように腕を社長の方に組む。

そして何かを社長に囁く。



「・・・・・・本当なのか・・・・?」

「もちろん!!僕と社長の仲じゃないですか!」

社長はのっそりと立ち上がると。
金をさらに強く握りしめたまま、歩き出す。

ヤクザとキャバ嬢が進んだ道とは 違う、エントランスの扉と真反対に位置するGrisaiaと書かれた扉。

先ほどまでの恐怖と不安に染まっていたものとは違い、その瞳は血走り、欲で大きく見開いている。

扉の先に広がる闇。

その闇が社長を包み、この視界から消えたら、もうこの人とは会うことはない。
そう胸がざわめく。

「ちょっと!待っ・・・・!」

自分の制止は間に合わず、社長は自分の視界から消えてしまった。

そして背後から微かに聞こえる嘲笑。

ダメだ・・・・。

このままこいつの思い通りにさせていたら、取り返しのつかないことになる。
海の笑い声、笑みは、何故か自分に確信めいた不安を植え付ける。


「なんて言ったんですか・・・・?」

「ん?」

「あの社長 さんに何を唆したんですか??こんな状況で一人になるなんて危険じゃないですか!?命の危険があるんですよね!?だったらみんなで一緒に固まってた方が良いじゃないですか!?」

「しかたないだろ?社長さんトイレに行きたいって言うんだからさ。」

声を荒らげ迫っても、薄ら笑いで海はヤレヤレと手をかかげる。


「真面目に答えろよ!!!」

フロアを静寂が包む。
思わず飛び出してしまった怒声を、もうなかったことにはできない。

海と真正面から対峙する。

「・・・・・・オマエさ、年長者は敬えよ。」
海の顔から笑みが消え、声のトーンが落ちる。

「じゃあ、敬われるような行動をして頂けますか?」
自分に注がれる冷たく黒い視線の息苦しさに抗いな がら声を絞り出す。

瞳は・・・そらさない。
何故なのか・・・この男にだけは負けたくない。
強迫観念めいた想いが胸を満たし、恐怖を麻痺させる。

再び静まり返ったフロアに、海の足音が一歩響く。
その手は左の内胸。
先刻ヤクザを黙らせた折り畳みナイフが胸ポケットより鈍く光る。
自分は後退りそうな足を鼓舞し、一歩足を踏み出し、拳に力を籠める。

あたりを包みこむ、赤黒い霧がより濃くなっていく。

「止めて!!!」

自分と海の歩みと視線を止めたのは、凛と響いた一声。

「ヒナ・・・」

初めて彼女と出会った時を思い出す。
違った点は、声とは裏腹に、その瞳には不安と恐怖が入り混じっていたこと。

海がヒナに邪魔するなと言わんばか りに視線を向ける。

「マコト君には、私がちゃんと説明するから」



そこは、青く変色した避難誘導灯が微かに周囲を照らし、立ち込める赤い霧がその微かな光さえも飲み込んでしまっていた。
元々はクラブの男子トイレだった場所。
楽園をイメージしたのであろう、木々に果実が刻印されたレリーフはエントランスフロアと同じように歪に曲がり、その上を血肉まとわりつく鉄線が覆っていた。

その鉄線が身体を傷つけないように、まるまると太った体躯をのそりのそりと動かしながら、社長と呼ばれていた中年男性はある扉を目指す。
「廊下の男子トイレ、手前から4番目の個室。」

赤く、くぐもった視界を手探りで目的の扉を探す。

社長と呼ばれた彼、浅山 温は金がとにかく欲しかった。

金がとにかく好きだった。

高卒の学歴コンプレックスを持ちながら、単身この街へと上京し、ひたすら足を使い、睡眠時間を削り、苦手な酒を吞みまくり、富裕層や権力者のパイプを広げ、30を超える頃には不動産業で一財産を築いていた。

その後は、様々な事業に投資するがことごとく失敗。
不動産は安定的に資産を作りながらも、少しづつその資産は目減りしていった。
そのストレスを解消する為に、ナイトクラブでの遊びに嵌っていった。

そうして出会ったのが岬 海。

若くして学歴に頼らず、自分の力だけでナイトクラブ業界で伸し上がろうとする若者に過去の自分を重ね、海のイベントに頻繁に出入りするようになり、どんどん少なくなっていく資産に関係なく、見栄で高いシャンパンをいくつも注文しては、海や取り巻きの部下、ナイトクラブの女性に金持ちをアピールしていた。

学歴や容姿など他者に劣り、これといった才能もなかった彼にとって、自分の身を削り稼いだ金が誇りでありアイデンティティであった。
お金を持っている自分でなければ我慢がならなかった。

よりお金を得ようとする投資がいくら失敗しても、周囲の人間には常に稼いでいる金持ちという自分を保つのが彼にとって一番のプライドであった。

遠からずの未来ではあっ たのであろうが、自身の資産でまかなえない多額の投資に失敗。
金持ちを演じるどころか、一気に借金への返済に追われる身となる。

金がなくなった彼のもとからは、今まで取り巻いていた人間や女性も一気に離れていった。
不動産の取引先も借金を抱え、信用も若さも失った彼との取引は嫌がった。

そんな時に、海のイベントグループより、このドッペル殺しの話を聞いた。

命を賭ける代わりに1億円。

それは自身もピークだった30代の頃ならば右から左へ動かせた金額。

岬 海のネットワークや情報網の力は知っていたので、半信半疑ながらも、このゲームへの参加を決めた。
どうせ他に金を作る手段もなかった。

実際に今日、この異空間に放り込まれ、1億円の賞金の話が一気に現実味をおびた。

それだけの金があれば、借金を返し、また金持ちな自分に戻ることができる。

彼は歓喜した。

同時に、命を賭すということにも真実味が出てきた。

ドッペル。

もう一人の自分。

もう一人の自分を殺して金を手に入れるか、自分自身に殺されるか。

1億円を得る為の投資は、今度は金ではなく自身の命。

一度は一生金持ちではない、みじめな自分で生きていくしかない現実に嫌気が差し、自殺も考えた身であったが、100万の札束を 海から手渡された途端、金持ちの自分の像が再び目の前に広がり、絶対に死にたくないと思った。

死への恐怖が急に膨らみ、頭を支配した。

投資で負け続けた自分が、命を投資しようとしている。

だから、海にゲームの辞退と賞金の半額5000万の支払いを申し出た。

彼がイベント立ち上げの時期から何千万という金をVIPで使い、彼に投資してきたんだ。
そのリターンを自分が貰うのは当然。
他の奴らが命を賭けようと、自分は特別扱いされて当たり前。

海は、そんな自分に賞金の半額ではなく、全額1億円の在り処と、このゲームから抜けれる隠し出口の場所を知らせてくれた。

それが、この男子トイレの入って4番目の個室。

そのドアを開く。

そこにあった のは大きなショルダーバック。

中に入っているのは大量の万札の束。


「ハ、ハハ、ハハハハハハハハ!!!」

思わず笑みが溢れる。

初めて投資に成功した。

これで、自分は今日からまた金持ちになれる!

周囲が自分を認めてくれる!!

ニタニタと緩む顔を抑えず、久々に人に心の底から感謝する。

海くん、君はやはり儂が見込んだ漢だったと・・・




「マコト君、海の言ってることは全部本当。私たちは手分けしてでも、早く自分のドッペルを見つけ出さなきゃならない」

ヒナは今まで見せたことのないような切羽詰まったような形相で、語る。

「そしてドッペルを殺さなくちゃいけない。じゃないとここからは生きて出られない」

そ の瞳に映るのは恐怖でも不安でもなく、自分が知らないもっと暗いナニか。

「だけど・・・絶対にドッペルとは瞳を合わせないで」



「ハァ、ハァ」

息を切らしながら、社長は男子トイレを巨大なショルダーバックを抱えながら、見渡す。

この空間から出られる秘密の出口もここにあると海は言った。

1億円があったのだ。
出口も必ずあるはず。

何度も手元のバックより覗く万札の束を見てにやけながら、濃い霧に阻まれる視界を泳がせ、それらしき出口を探す。

「・・・・・・・・」

声が聞こえた気がした。

蛇口から流れる赤い水滴の音とは別に。

耳を澄ます。

なんて言ったか?より気になることがあった。

ここにいるのは自分だけの はず 。

それより気になるのは、その声は聞き覚えのないようで、とても慣れ親しんだ声のような気がしたこと。

まるでスマホのバグで自分の声がハウリングした時のような。

「カネ・・・・」


「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

ギィィ

扉の開く音がトイレの奥、背後より聞こえる。

「カネ・・・カネ・・・カネェ・・・カネェェ!!・・ワシの金ェェェ!!!!」

背後に確かにある気配。

近寄ってくる気配。

知っている気配。

一番知っていて、一番知らない声。

振り向かなくたって分かった。

彼の言ったことは、やはり全て本当だったのだ。

出口は???

浅山は振り返る。

そして見る 。

対峙する。

瞳を合わせる。

社長と。

もう一人の自分と。

その瞳は赤黒く淀んでいた。

「ドッペル・・・・・」

浅山は結局、人生での大きな賭け、投資には勝てずにその生涯を閉じた。

唯一の救いだったのは最後の瞬間、金持ちに戻れたことだろうか。


瞳を合わせた瞬間、ドッペルの身体はまるで加熱した餅のように膨張し、赤黒い血管を緑に変色し脈だつ皮膚に張り巡らせ。
首から上だけがまるで巨大な芋虫のように、水死体のように伸び、膨らみ、全身に流れる血管がまるでイソギンチャクのように皮膚を突き抜けビクビクと踊る。

それは一瞬の出来事だったので、実際はどのようなモノだったのか、彼自身も正確には分からなかった。

た だ、自分が。
自分だった者が。

異形と化した自分は、自身の半身ほどに膨張しながら迫るその顔は、醜悪そのもの。
ギョロギョロと収縮を繰り返す赤く黒く濁った巨大な瞳が眼前に迫り、視線がもう一度合う。
緑色の液体が大きく開いた異形の顎から垂れ、顔面に吹きかかる。

そうして浅山の意識はこの世から消える。
浅山の首から上が瞬時に消える。
異形と化し大きく伸び膨張したもう一人の自分の首から先が迫り、喰らう。


こうしてゲームから社長は抜けた。

ドッペル殺しが始まる。


飛び散った赤い血と、人の顔だった肉片が札束に降り注ぐ。

後に残るはクチャグチャとした咀嚼音。

赤い霧が二人の社長を優しく残酷に包みこむ。


fin.
Se cond Event
-イカイ-