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異世界カジノ

「魔導の神域」

漆黒の瞳とマントを羽織った男が、ビルの間を飛翔しながら擦り抜ける。

白く光る瞳と大きな帽子を目深に被った女が行き先の虚空にいきなり出現する。

 

男は己の飛翔に回す力を抑え、腰に巻いたホルダーよりチェスの駒を取り出すと、まるでチェス盤を移動させるように駒を動かし宙に戦略の軌跡を描く。

そんな男の挙動を見て、女は手に持った魔書を開き、詠唱を始める。

 

それはおかしな光景であった。

 

ロサンゼルスの都市部。

巨大なビルの間を、まるでファンタジーの世界そのものの装束に身をまとった男と女が宙を飛び交っている。

 

新しい映画の公開収録なのか?

新しいVR技術なのか?

 

大勢の人がスマホをかざし、その写真や動画が各SNSを埋め尽くしそうな程に非現実的で衝撃的な光景だったが、SNSには男と女を載せた投稿は一つもあがらなかった。

 

誰もスマホで撮影などしていなかった。

 

ビルの中で仕事をする人、カフェでランチを取る人、道を埋め尽くす多くの人々がスマホを片手に持ちながらも、誰も二人に向けようとしなかった。

というよりも誰も動いていなかった。

 

皆、ピクリとも動かずに静止している。

 

人々だけではない。

飛ぶ鳥の翼より落ちた羽根も虚空に止まり、ショーでばらまかれた風船も天に昇らずにその上昇を止めている。

 

世界の時間が止まっていた。

その止まった時の中、男と女は宙を駆ける。

 

まるで映画の世界。

 

「クロックロック!!」

女の手に持った魔書より広がった白い光が辺り一面を包みこんでいき、その表紙に埋め込まれた時計の針がグルグルと回転を始める。

 

「チッェクメイト!!」

チェスの駒で宙に描いた軌跡が黒い光となりて、虚空に魔法陣を敷き詰める。

 

白い光と黒い光が交差し、閃光となりて二人を包み込む。

 

もし、これが映画ならなんというタイトルがつくのだろうか?

ただ主演であろう二人の設定は、おそらく魔法使いであろう。

 

 

魔法使いの存在を初めて世界の政府機関が認識したのが半年前。

ただし、その存在の起源は1000年も昔に遡る。

『起源の魔法使い』と後に呼ばれる6人の魔法使いがいた。

 

碧眼、灼眼、黒眼、白眼、金眼、銀眼。

 

魔法発動時に生じる魔力の光より、そう俗称されることとなる彼等は、それぞれの故郷にて人間として生まれたが、生まれ持った力は人間を遥かに超越したものであった。

ある者は運命を捻じ曲げ、ある者は時間を操り、ある者は魂を弄び、ある者は平行世界を行き来し、ある者は想像したものを創造し、ある者は万物の存在の有無を改変した。

 

そうした彼等はお互いに共鳴し、集まり、一つの儀式を起こした。

 

世界創生の魔法。

 

世界を構成するあらゆる定義や法則を創造し、自分達が望む世界を新たに創り出す魔法。

6人の魔法をかけ合わせ発動させるは、神にのみ許された力。

今ある世界を生贄にし、その対価で発動させる大魔法。

70億人の犠牲で創る、6人の為の理想郷。

 

 

ただ、その儀式は失敗に終わった。

 

碧眼の魔法使い。

パンドラと呼ばれる魔法使いが裏切り、儀式が中断。

 

6人の魔法使いは、自らが創りかけた新しい世界へと吸い込まれた。

光も時間の概念もない、新世界を創る為に用意された世界の穴へと。

 

以降、大きな時空の歪みが世界各地で発見された。

世界の傷と呼ばれる空間の歪み。

 

彼等は、創りかけの世界へ飲み込まれながらも、各々が生まれ育った故郷に空間の歪みとして存在していた。

世界の傷と呼ばれた歪みは、通常の人には感知できないものだったが、傷より漏れ出す魔法使いの力が、近づいた者に変化を促し、適応した者に透視や念力といった超能力を身につけさせた。

 

各国は、自国に生まれた世界の傷を最強の兵器として管理、研究を進め、超能力者という人的資源を持った6つの強国が生まれた。

 

世界の傷の構造は次第に解明されていき、やがてアメリカ合衆国の通称エリア51と呼ばれる施設にて、研究していた世界の傷を開くことに成功する。

 

空間の歪みが徐々に広がっていき、裂けた空間から黒い閃光と共に顕れたのは、漆黒のマントを羽織った白髪の男性。

銀作りのチェスの駒を身体のいたるところに身につけ、かけた眼鏡の奥、光宿らぬ漆黒の瞳で周囲の研究者達を一瞥すると、施設と国の責任者の名を告げ、自分の元に呼び出すよう言った。

彼が知るはずもない大統領と施設の長の名を聞きながら、今まで生み出してきた多くの超能力者が束になっても届かないほどのエネルギーを発する彼に研究者達は畏怖と敬意を覚え、丁重に持て成し、ホワイトハウスの電話を鳴らす。

 

そうして、黒眼の魔法使い、チェス・バレットはこの世界へと回帰した。

 

彼は大昔に自分達が行った儀式と、その顛末、自分と同じ魔法使い達の存在を大統領へと告げ、他の魔法使いが復活しないように、各国に散らばる世界の傷の研究を即座に停止させるよう求めた。

 

大統領は、その申し出を受けると彼の助力と国の戦力を総動員し、各国の世界の傷を自国の管理化へと治めていった。

この時、大統領には選択肢がいくつかあった。

 

チェスの要望通り、世界の傷の研究を止める。

チェスの申し出を断る。

チェスの要望を受けながらも世界の傷を手に入れた後、チェスを裏切り他国の世界の傷も開く。

 

だが、大統領はチェスの要望通りに軍を動かした。

何故、自分がそうしたのか明確な理由は大統領自身分かっていなかった。

ただ、その選択をすることが正解なのだと思った。

その選択は選んだものではなく、選ばされたものであった。

 

チェス・バレットは飛行や透視など複数の超常的な力を持つが、彼が魔法使いと呼ばれる所以となる力は、他の5名の魔法使い含め、彼にしか扱えず、彼にしか理解できないものであった。

 

運命選択の魔法。

 

チェスの駒を媒介として発動するその魔法は、自身が関わっている人、状況、戦況、環境に対して、起こり得る無数の可能性を視認し、その中から最善の一択を選択し、その選択を実現させるために周囲の人から自然に至るまで、その行動や現象を運命づけ、自分の思い描いた未来へ向けて万物を誘導する力である。

 

大統領は自らチェスの申し出を引き受けたが、それはチェスがそういう未来を選択し運命づけたからであった。

 

遥か昔、集まった同志達の世界魔法を直接阻んだのは、碧眼の魔女であったが、その魔女の妨害を成功させるように何十もの未来選択により運命を捻じ曲げ、補助したのはチェスであった。

 

彼と碧眼の魔女は新世界の創造を願っていたが、その代償で自らが生まれた世界が消えることを良しとしなかった。

 

世界の狭間に落ちていく中、彼は碧眼の魔女と、もし元の世界に戻ることができたのなら、再び世界創造の魔法を発動させようとする同志達を封印し、二度と復活させないよう手を打つと約束していた。

 

彼はその約束を遂行すべく、チェス盤の上の駒を動かすように大国の力を用いて、一つ、また一つと世界の傷を管理下に治めていった。

しかし、不安が胸中に渦巻いていた。

 

半年の時が経っても、彼の眼には未だに全ての世界の傷を管理下に置くビジョンが観えなかった。

 

そして、その不安は的中する。

 

それはまだ管理下に置けていない国に忍び込ませていた諜報員から、世界の傷が開いたとの伝令をホワイトハウスが受けた次の瞬間であった。

 

大統領は自室で職務をこなしながら、その報告を聞くと即座にチェスにその事態を電話した。

すぐに行くとのチェスの返事を受け、彼を迎えようと秘書に電話をしようとした瞬間、目の前には女性が立っていた。

 

時計を咥えたドクロが目立つ黒い帽子を眼深に被り、胸には蒼い薔薇を装飾した魔女を連想させる装束をまとい、右手に同じく時計を咥えたドクロの装飾が施された一冊の本を持っていた。

しかし、それらは装飾というような存在感をしていなかった。まるで本物の人間の骨で造られたような禍々しさと、本よりうっすらと漏れる白い光に、彼の本能は危険を訴えた。

 

自分はずっと机から正面を向いていた。

この部屋には誰もいなかった。

自分の視界にいきなり現れた魔女に向かい、彼は机の引き出しから取り出した拳銃を向ける。

 

魔女の白く光る眼光と視線が合うと、次の瞬間には彼の視界は暗黒に落ちていた。

 

チェスが異変を察知し、ホワイトハウスへと戻った時、そこは地獄と化していた。

大統領含め、建物にいたのであろう人間全員が入り口の門に積まれ、その全員が瞳をもがれ息絶えていた。

 

その殺し方を観て、瞬間に運命選択の魔法を発動する。

その発動が一瞬遅かったら彼も同じ末路を辿っていただろう。

 

全てが静止した世界で彼は彼女と対峙する。

 

「ハッ!久々じゃないか同胞!つい先ほど故郷で目覚めてみたら、随分と先の世界にタイムスリップしたみたいだな!とりあえず時間を止めて色々と調べてみたら、妾の復活の邪魔をしようとしてたみたいじゃないか?儀式の妨害もお前が加担したんだろ?あの小娘一人の力で止められる魔法ではなかったろうに。」

 

魔法で運命を捻じ曲げ、彼女の魔法に巻き込まれなかった自分を選択する。

 

目の前の魔女とは実に1000年ぶりの再会であったが、体感時間としては自分は半年ぶり、彼女は数時間ぶりといったとこであろう。

 

儀式を強制終了させ未完成の世界へ落ちてから、世界の傷より自分が解放された時に体感した時は一瞬の出来事であった。

未完成の世界に閉じ込められていた時間がそのまま抜き取られているようであった。

 

自分達が創ろうとした未完成の世界には時間という概念がまだなかった為、元の世界では1000年ほど過ぎていたが、それを自分達が体感することはなかったのだろう。

 

この世界に回帰した瞬間、この時代の世界の言語や知識が自然と頭の中へと入ってきたが、それは1000年もの時間の空白を持った異物である自分に対して、世界の修正力とでもいう力が働いたのであろうと推測した。

 

タイムスリップ、タイムリープ、タイムパラドックス。

 

初めてこの時代の世界で出会ってしまった同胞。

自分が立てていた仮説を確信しながら、彼女の問いにどう返そうかを思考する。

 

そうした時間の概念に関することは彼女一番詳しいのだが、そんな話をしている空気ではないようだ。

油断したらそれこそ、一瞬も経たない内に自分は目の前の死体の仲間入りをするだろう。

 

何故なら彼女こそ、新世界に時間の概念を組み込むはずだった魔女。

時を識り、時を止め、時を支配する魔女。

 

先ほどよりずっと運命選択の魔法を発動している。

彼女の魔法の影響下に置かれたが最後、止まった時の中で何もできないまま眼を抉られ息の根を止められるだろう。

彼女の魔法に囚われないよう運命を捻じ曲げながら彼女へと近づいてく。

 

「おいおい、無視かよ。つまり肯定ってことでいいんだな?ならば選択肢は一つだぜチェス。」

 

運命選択の魔法のサブ能力、可能性を観る力を使い、未来を先読みする。

彼女が魔法を使おうとした瞬間に、その運命を捻じ曲げる。

 

運命選択には多量の魔力を使うため、そう何度も彼女の魔法を捻じ曲げることはできない。

ただ、それは彼女も同じ。

時間停止の魔法は魔力の消費が大きい。

 

結果、お互いに魔法を使うタイミングを計り、牽制しながら距離を詰めていく。

まるで西部劇のガンマンのように。

 

お互いに視線を外さない。

死線を読み合う。

 

「チェス!!!」

「ベル・・・・」

 

そして、示し合わせたように二人の魔法使いは飛行術式により空へと舞う。

こうして1000年の時を経て再会した魔法使い。

 

運命の支配者、黒眼の魔法使いチェス・バレット。

時の支配者、白眼の魔法使いベル・クロノ・クラウン。

 

世界の法則を変えるほどの力を持った者同士の戦いが始まった。

 

そして、お互いに決め手に欠けながら迎えた最終局面。

 

チェスが未来の可能性を読みながら、ベルの逃げ場を削り追い詰め描いた駒の軌跡の先。

ベルが時間停止、加速、巻き戻しの3種の複合魔法を行使する為に溜めた力の先。

 

両者の魔方陣がロサンゼルスの上空に交差し、大魔法の激突が始まる。

 

「運命と言う名の牢獄にて、汝の選択は我が手により漆黒に潰される。」

相手の可能性を強制選択し、死と言う名の運命に閉じ込める禁呪が行使される。

 

「対象補足!概念処理完了!!時空改変開始!!!妾に仇なす全てを停止させよ!!!!」

時間概念魔法3種を同時行使し、相手を世界の時間概念より抹消し消し去る禁呪が行使される。

 

止まった世界の中で、チェスの駒が刻んだ黒き道筋が漆黒の輝きを、魔書に住まう悪魔の秒針が目にも止まらぬ早さで回転し、全ての時を飲み込む白き光を放つ。

ぶつかり合う黒と白の魔力の渦はロサンゼルス中に広がっていき、包み込む人も物も何もかもを消滅させていく。

 

「チェックメイト!」

「クロック・ロック!!」

 

崩壊の光の中、二人はぶつかる白と黒の魔力の奔流にのまれそうになりながら笑みを浮かべる。

それは共通の感情であった。

 

強大すぎる力を持って生まれ、ずっとくすぶっていたその力を本気でぶつけられる相手。

自身の力を出し切る快感。

 

二人は互いに望む。

もっと力をぶつけ合いたい。

 

白と黒の光がロサンゼルスの街を覆い尽くした瞬間、それは降り注いだ。

 

 

「「その願い!!!承認しよう!!!!」」

 

神々しい光が遥か上空より降り注ぐ。

 

その光はチェスとベルを包みこむと、次の瞬間には何事もなかったように消えていた。

 

あとに残されたのは消失した街の残骸のみ。

 

「・・・・・・・!?」

 

二人の魔法使いが目を見開くと、そこは、四角錐のテーブルを中心に、金の砂塵が辺りを天の川のように縦横無尽に流れ、虹色に煌めくシャボン玉が下から上へと登っていく。

見上げた先には空はなく、ただ神々しい光だけが存在し、この場にあるものに降り注ぎ照らしていた。

 

 

「「レディース・アンド・ジェントルメン!!」」


fin.
written by 鷹人

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