
異世界カジノ
「狂戦士」

「・・・・・」
長い黒髪をたなびかせ、少女は行きつけのBARのカウンターでカクテルに口をつける。
エメラルド色をしたそのカクテルを味わう時だけ想い人のことを思い出す。
アラウンド・ザ・ワールド。
世界一周を意味するそのカクテルを、この店BAR LISTでよく口にしていた。
「違う・・・」
ただその味は彼女が望んでいるものとは違った。
彼女が好きだったカクテルを作れる者はもうこのBARにはいなかった。
今の彼女には再び彼と会う手段がない。
だから少しでも彼のことを思い出そうと、毎週のように彼との想い出が詰まったこのBARで、彼が作ってくれたカクテルを頼む。
彼のことを忘れないように・・・
少女は人殺しであった。
少女は人の心を失っていった。
少女はただ一つの願いだけを追っていた。
少しづつ消えゆく自分の心を保つため。
彼への想いが消えてしまわないように。
少女は一口だけ口にしたカクテルをそのままカウンターに置き去りにし、店を出る。
暗い路地裏からネオンの輝きが燈る街へと歩んでいく。
今夜は満月。
空に浮かぶ月の光を浴びながら、少女は暗い路地裏と輝く街の合間で立ち尽くす。
後ろを振り向く。
BARの前には誰もおらず、自分をいつも見送ってくれた温かな笑みはそこにはなかった。
「ごめん・・なさい・・・」
雨地 雛は路地に背を向け歩き出す。
自分は立ち止まるわけにはいかない。
あの人ともう一度出会うために。
取り戻すために。
今日も仕事へと向かう。
人殺しの仕事に。
彼女の姿は街の喧騒へと消えていく。
目的地はすぐ側。
ナイトクラブEdeNは、今日も入場を待ち望む人々で賑わっていた。
関係者入り口からクラブの中へ入ると、長身に鋭い瞳をした男が立っていた。
「ハッ、遅かったなヒナ。イベントに遅刻すると思ってヒヤヒヤしたぜ?」
自分が何処で何をしていたのか知っているくせに、ニタニタと嫌味を言うこの男にはもう何も感じない。
自分の目的の為に今日もこの男の手伝いをする。
「下らない話は止めてカイ。今日のイベントはミスコンテストに出れば良いんでしょ?」
「あぁ。今日のVIPの趣向でな。コンテストの前に、VIPルームに挨拶に行ってくれ。そこで上手く例のアフターに参加するように誘導頼んだぜ。」
「解ってる。今日は何人残せば良いの?」
「3人だな。他の客共もスタッフも全員0時前には帰らせておく。欲深い連中だ。お前なら簡単だろ?」
「・・・・・・」
「今日のアフターパーティーは深夜0時スタートだ。今日も一緒に盛り上げようじゃないかヒナ。」
「・・・・・・」
「ドッッペル殺しを。」
「・・・・・・」
ヒナはカイの隣を横切ると、重低音のビートが鳴り響くフロアに向かって歩を進める。
「ちょっと待った。」
「何?コンテストの開始までそんなに時間はないでしょ?早くその憐れなVIPさん方に挨拶してくる。」
「あぁ、だがその前に控え室でこいつに着替えてくれ。」
カイが近くの段ボールから取り出したのはピンクと白の派手な色をした和服のような衣装だった。
鎖付きの首輪に、カチューシャのようなものには鈴が付いており、衣装の上に何故か手毬とレプリカであろう短い刃物も置いてあった。
「コスプレだ。今日はこいつを着てコンテストに出てもらうんでな。」
「・・・・・・・・」
「言っただろ?VIPの趣向だって。今日はコスプレ・ミス・コンテストだ!」
「・・・・・・・・」
「クク・・ハハハッ、お前なら良く似合うと思うぜ?設定は和服くノ一だとさ。」
「・・・・・・・・」
ヒナはカイの手から衣装を奪いとると、そのまま控え室へと再び歩を進める。
背後からはカイの嘲笑が聞こえてきたが、何も感じない。
今日も自分の目的の為に、彼の仕事を手伝う。
ドッペル殺し。
閉ざされた異空間で、もう一人の自分と対峙し、殺し、殺される儀式。
見事もう一人の自分を殺して生還した者には神の力が与えられる。
そんな都市伝説。
だけど自分はそれが実在することを知っている。
今日も死の儀式を始めるための生贄を捕えに行く。
VIPルームにいる者達は、ドッペル殺しに捕えられたが最後、生きて戻ることはないだろう。
そういう筋書きになっているはずだから。
私が巻き込むのだから、私のせいで今日も人が死ぬだろう。
だけど、そんなことはもうどうでも良かった。
自分の大事な人以外がどうなろうと自分にとってはどうでも良い。
控え室でコスプレに着替えると、VIP用の階段より中二階へ上がり、ダンスフロアを見下ろすVIPフロアに足を踏み入れる。
今日もクラブEdeNは盛況のようであった。
ガラス張りの天窓から差し込む月灯りの下、DJが奏でるビートに大勢の人々が踊り、酒を呑み、一夜の出会いを楽しんでいる。
そんな人達を見下ろしながら、目的のVIP達がいる個室のドアをノックする。
扉が開き、明らかに金を持ってますとアピールしたげなブランド物や高級時計に身を包んだ3人の男が、シャンパンボトルから注いだグラスを片手に自分を招きいれる。
「・・・・初めまし!?」
名を名乗ろうとした瞬間にそれは起こった。
目を眩ます閃光と爆音と共に、突如フロア中に煙幕が充満していく。
何かの演出かと一瞬思ったが、倒れ伏すダンスフロアの客達を見るからに明らかな異常事態であった。
どうなってるんだ!?と騒めくVIP達を宥めようとした矢先、鋭い痛みが自分の首筋より走るのが解った。
鋭利な刃物で切り裂かれたのであろう自分の首筋からは大量の血飛沫が舞い散り、VIPルームに飛散し赤に染め上げる。
恐怖に慄くVIP達より視線を背後に移し、倒れながら自分の首を切りつけたであろう者をその瞳に焼き付ける。
それは自分よりも幼い少女のようであった。
白髪のショートカットに、右目に眼帯をし、その耳には防音対策なのかヘッドフォンをかけ、高校の制服のような黒い衣服に身を包み、軍用手袋に包帯を巻いた右手にはガスマスク、左手には自分の首を裂いたのであろう血が滴るナイフを手にしていた。
胸元に結んである白いネクタイに刻まれていた『四』という漢字を最後に、意識が途切れた。
ターゲットのいる部屋に立ち塞がっていた障害を排除すると、速やかに任務を完了するため、排除した女性をまたぎVIPルームの中に少女は足を踏み入れた。
少女のコードネームは四神楽 舞。
日本人としての仮の戸籍名。
本当の名前も人種も本人すら分からない。
そもそも本名というものをつけられたこともないのかもしれない。
少女は物心ついた時から、ある組織の所有物であった。
その組織は傭兵を生業としており、彼女は最古の記憶より銃声と断末魔の音を聞いていた。
少女は最小限の言葉を覚えた後にはナイフを握らせれていた。
あらゆる戦闘技術と戦闘に関する知識だけを叩きこまれ、10歳になった頃には戦場に駆り出されていた。
その組織には自分と同じ歳くらいの少年と少女が集められており、肌も目の色も違う自分達は全て番号で呼ばれていた。
初め自分に付けられた番号は51。
番号は100まであり、100人の少年少女達は組織の命ずるままに戦場へ駆り立てられていた。
任務が終わると自分の番号がいつも若くなっていた。
初回の任務から帰還すると35という番号を与えられた。
次の任務から帰還すると21。
その次の任務では18。
4度目の任務の際には100名いた少年少女は30名ほどになっていた。
少女の世界は戦と死が日常であり、同じ寝食を共にした同胞がいなくなることも当たり前のことなのだと思った。
特に生きる目的もなかったが、死にたくもなかったので必死に戦闘技術や武器や生き残るための知識を身につけた。
そうして世界中の戦地に駆り出されて数年の時が経ち、残ったのは10名。
16歳を迎えた少女の髪は戦地でのストレスで真っ白になり、身体の発育も遅く、歳より大分幼い容姿に見えた。
少女に与えられた番号は『四』。
それがその日から彼女の固定番号となり、各地の戦場で生き残った少年少女達はそれぞれ異なる国の国籍が与えられた。
彼女に与えられた国籍は日本。
自身の数字である四の入った四神楽 舞という名。
組織より用意された簡易なアパートに住まい。
組織の連絡員より命じられたターゲットを目撃者もろとも始末する。
それが彼女に与えられた任務。
この日、彼女に命じられた任務は東京、六本木にあるEdeNというナイトクラブのVIPルームにいる3人の男を殺せというものであった。
備考として、派手にクラブ内を混乱させよ・・・と。
ターゲットである3名のことなどどうでも良い。
何故、わざわざ目立つような行為で殺しを行わなければならないかもどうでも良い。
自分は組織が所有する一振りのナイフ。
命じられたことを淡々とこなせば良い。
日本の言葉や文化を覚える為に見ていたアニメ動画を止めると、命令と共に届けられたスタングレネードと催涙手榴弾、そしてガスマスク。
そして愛用の軍用ナイフを通学バックに詰め込むと、歪なファッションで目的の建物へと向かう。
どこからどう見てもコスプレにしか見えない格好であったが、彼女が日本のアニメなどで研究した、自分と同い歳くらいの女子高校生像を再現したらそうなってしまった。
今回の任務は実に簡単であった。
数多の戦場を生き残った彼女にとってナイトクラブのセキュリティの目を盗み建物内に侵入するのは簡単なことだったし、用意したスタングレネードと催涙手榴弾を用いて騒ぎを起こし混乱を生むことも簡単であったし、ターゲットがいるVIP室の前に行くことも簡単であった。
ただ、部屋の前には自分と同い歳くらいの少女が立っていたので、頸動脈を切断して殺した。
目撃者は全て殺す。
目の前の少女を殺さずに失神させる技術なども持ち合わせていたが、殺した方が楽だったので殺す。
殺しに快楽を感じる性分ではないが、殺しを躊躇する性分でもない。
殺すと言う行為は日常の一部、欠伸をするくらいに当然の行為。
倒れ伏した奇怪な格好の少女をまたぎ、ターゲットの3人と対峙する。
殺した少女より吹き出した血液で赤く染まった部屋に、何が起こったか理解できず唖然としている中年の男が3人。
平和な国だ。
さっさと任務を終わらせてアニメの続きでも見よう。
四神楽はナイフを片手に男達への距離を一気に詰めようと跳躍をし・・・・そこねる。
それは、およそ感情という感情を持たない四神楽にとって、久々に浮かんだ感情。
驚愕と恐怖。
足を掴まれていた。
白い華奢な腕に。
今しがた自分が殺した少女に。
チェーンのついたホビーの首輪はナイフで切り裂かれ、白とピンク基調の奇妙な装束は彼女自身の血で真っ赤に染まり上がっていた。
確かに殺した。
何百回と人を殺してきた自分には分かる。
あれは確実に殺した手応えだった。
仮に万一殺し損なっていたとしても、この量の血液が体外に出ている状態で、自分の跳躍を阻むことなどできるわけがなかった。
だが、自分の足を掴むその手に込められた力は強く、長い黒髪の合間から覗いた瞳が動き、自分を睨みつけた。
「!!!!」
今までどんなプロの傭兵にも感じたことのないその冷たい視線に、思わず四神楽は個室の外、広い廊下へと跳躍し黒髪の少女と距離をとる。
黒髪の少女はまるで倒れた時の逆再生のようにすっと立ち上がると、その冷たい視線を再び四神楽に注ぎ込む。
その瞳の奥に怪しげな赤い光が灯っていた。
「キミは何??」
四神楽はナイフを構え、いつでも攻撃ができる体勢のままその少女に問いかける。
「あなたこそ誰ですか・・・?私を殺そうとしといて何だも何もないでしょ。」
黒髪の少女、雨地 雛は、目の前の少女を自分の目的を邪魔する敵として認識する。
眼帯に独特のデザインの制服を着た女子高生コスプレの白髪のショートヘアの少女と、派手な色調の和服コスプレを着た黒髮のロングヘアの少女が血まみれのまま、戸惑い逃げ惑う客達の悲鳴の中、中二階の長広い廊下で対峙する。
VIP達はやっと正気になり、悲鳴を上げるとVIP個室から逃げ出そうとする。
ヒナは扉を後ろ手で勢いよく閉めると、死にたくないなら部屋から出るなとVIPの男達に警告する。
中の男達は一瞬静かになり、各々救助を求める電話を部屋の中でし始める。
「ボクには時間がない。どうやって生き返ったかはもういい。何度でも・・・殺すよ。」
「こいつらは私の獲物。あなたが誰なんて私もどうでもいい。死んでもここは通さない。」
お互いの視線が交差し、殺意がぶつかる。
先に動いたのは四神楽。
右眼に巻かれていた眼帯は外されていた。
ターゲットとその周囲に右眼の意識を集中する。
数多の死で溢れる戦場。
そこから生き延びる為に必要だったもの。
それは観察力だった。
敵に対峙した時、その敵の視線、体勢、筋肉の動き、呼吸。
周囲の環境、何がどこに、罠はあるかないか、伏兵は潜んでいないか?
様々な状況を瞬間で視界情報としてインプットし、その時に最適な行動に繋げる、第六感とも言われる脅威的な観察力。
それを用いて、目の前の少女が絶対に躱しえない殺戮を行使する。
左手に持ったナイフを逆さ手に持ち、ノーモーションから低姿勢で一気に距離を詰める。
人間の目は上下の動作には反応し辛い。
その体勢から身体を立ち上げ、同時にナイフを一閃する。
狙うは再び首筋。
今度は胴体から切り離す勢いで斬りつける。
雛は動かない。
ナイフが首元に食い込むのを感じながら、意識を集中する。
半分切り裂かれた首から大量の血が噴き出す。
今度こそ殺した。
そう四神楽は確信しながらも、再びその瞳を見る。
自らの首が半分切り裂かれながらも、赫い光を宿した黒く冷たい瞳が自分の瞳を覗き込んでいた。
そして、切り裂かれた首と飛び散った血が映像を逆再生するかの如く、元へと戻っていく。
同時に左手に持ったナイフの刃を素手で掴まれる。
そして腹部に訪れる鈍痛。
四神楽は後方に少し飛ばされると、咄嗟に体勢を立て直す。
目の前にはナイフが迫っていた。
それを極限まで身体を後ろに倒し、バク転の要領で回避する。
額には冷や汗をかいていた。
有りえない、有りえない・・・
屈強な傭兵と対峙した時や、屍の群れや、酷い拷問を見た時にも感じたことのない気味の悪さと恐怖を感じる。
「化け・・モノ・・・」
「失礼なこと言わないで。私は人間よ。ただ、特別な力を持っているだけ。」
瞳の中に赫い光を灯しながらヒナは歩を進め、少しづつ距離を詰めていく。
切り裂かれた首にも、ナイフを素手で掴んだ手にも、もう傷一つ残っていなかった。
神の力。
この街で語られている都市伝説の力。
ヒナはそれを持っていた。
『リローデッド』
瞳で視て、セーブした対象が破壊された時に自動、もしくはヒナの任意で発動し、セーブした時の状態にロードし戻す能力。
ヒナはいつも健常な状態の自分を鏡で視てセーブしている。
ヒナ自身に死の危険が迫った時には自動発動し、元の健常だった状態をロードする。
切り裂かれた衣服はセーブしていなかった為、元には戻せなかったが、最早コンテストどころではないからいいだろう。
この少女は尋常じゃない身体能力と殺戮技術を持っている。
だが、それだけ。
絶対に死なない相手に殺戮技術は通用しないのだから。
「ボクは任務を遂行しなきゃならない。邪魔をしないでください。」
「こいつらは私の目的を遂げる為の生贄。あなたこそ邪魔をしないで。」
二人は心の中で強く想う。
自分の邪魔は誰にもさせない。
目的な必ず遂げる。
瞬間、クラブの窓ガラスより降り注いでいた月明かりとは違う、純白の光が降り注ぐ。
「「その願い!!!承認しよう!!!!」」
神々しい光が対峙する二人の少女を包みこむと、次の瞬間には何事もなかったように消えていた。
あとに残されたのは血飛沫で染まった廊下と、フロアを逃げ惑う人々。
「・・・・・・・!?」
二人の少女が目を見開くと、そこは、四角錐のテーブルを中心に、金の砂塵が辺りを天の川のように縦横無尽に流れ、虹色に煌めくシャボン玉が下から上へと登っていく。
見上げた先には空はなく、ただ神々しい光だけが存在し、この場にあるものに降り注ぎ照らしていた。
「「レディース・アンド・ジェントルメン!!」」