
異世界カジノ
「異端審問官」

ズルッ。
槍を引き抜く。
引き抜き際にまとわりついてきた臓物は、神聖を帯びた槍の力により燃え尽きる。
「99体目・・・・」
女は瞳が隠れるほど、長い紅色の髪の方側を耳後ろに掻き分け、閉じていた瞳を開く。
その瞳は淡々と作業をこなす機械のように何も浮かべず、命を滅ぼす。
自身と同じ人間の形をしたモノの命を。
その槍は十字架を逆さにしたような形状をしており、構成する純銀は神の祝福により純白の輝きを放っていた。
スラリとした長身と、返り血で染まったような赫黒い甲冑を身に纏い、神槍と同じ純銀で精製された逆十字がいたるところに装飾され、白く輝きを放つ。
腰の甲冑より広がるマントは、燃え盛る村の火のように、赫く羽衣のように舞っている。
自分の身長程あるであろう神槍を片手に持ち、女は涼しげな顔で周囲を見渡した。
次なる標的を求めて。
赫い赫い炎の中、立ち尽くすその姿は神話に出てくるワルキューレを彷彿させた。
実際に女はそうだった。
生まれてすぐに疫病にて両親を亡くし、拾われた組織にて、神の名の元に魔女を滅ぼす聖戦の術を叩きこまれて育った。
美しい顔立ちと、妖艶ながらも引き締まったスタイル。
着ているのがドレスであれば舞踏会で蝶よ花よと愛でられていただろう。
しかしそうはならなかった。
オシャレなドレスではなく甲冑を。
舞踏の足運びではなく、魔を狩るための戦闘技術を。
人生の全てを聖戦という名の殺戮に人生を費やしてきた彼女こそ、ワルキューレと言われるに相応しいのだろう。
燃え尽きそうな家屋の一つの影に、まだ生き延びている魔の者を見つける。
逃げようとする魔の者に向かい、女は宣誓をする。
「異端審問官、紅刃。教皇の名の元、ここに魔女の鉄槌を執行する。」
地面に突き刺した神槍から生じた炎が魔の者の周りを囲いこみ逃げ道を完全に塞ぐ。
魔の者は自身の村を死の炎で覆い尽くし煉獄へと変えた女にガタガタと怯え、どこか逃げ場がないか炎の監獄の中を這いずりまわる。
「相変わらず派手だねぇ。」
ふと、若い青年の声が目の前の炎の先より聞こえた。
魔の者は「助けて!!」「助けてください!!」と必死に炎に向かって助けを乞う。
炎にうっすらと人影が写ったかと思うと、その人影は炎の中を通り、こちら側へと足を踏み込んできた。
全身を覆う黒い礼装と肩部を覆う甲冑に散りばめられた銀の十字架が純白の光を放ち、その手には十字架を模した黒い剣が握られている。
左右に分けられた髪も黒く、炎に写った黒い影がそのまま実体化したかのように現れた男は、ニヒルな笑みを浮かべた。
燃え盛る炎に身体半分をうずめながら、魔の者を憐れそうに見下ろす。
「!!!!!!!!!」
魔の者は悲鳴にならない悲鳴を上げる。
男は、炎の中を完全にすり抜けると、魔の者の目前に手に持った神剣を向ける。
神剣は無論、衣服や髪にいたるまで焦げ跡一つついていなかった。
「だぁ・・・だすけてぇ・・・・・」
擦り傷と煤まみれの中、涙と鼻水を垂れ流しながら魔の者は神頼みをするかのように男に再び助けを乞う。
自分と同じ人間の少女の形をした魔の者の懇願を受け、男はニコリと笑みを浮かべる。
「いいぜ。」
魔の者はまさかの回答に、壊れた人形のように感謝の言葉を何度も何度も繰り返す。
男は神剣を額にかざすと宣誓をする。
「異端審問官、王海。教皇の名の元、ここに魔女の鉄槌を執行する。」
男の持った神剣が一瞬、純白に煌き、その刹那、振り下ろされた神剣が魔の者の身体を縦一文字に走り抜ける。
一瞬の出来事。
魔の者は自身の身体を輝く刃が通り抜けたことを認識すらできなかったであろう。
男は刀を地面に突き刺すと、その柄に肘を置いて休憩するように身体の重心を剣へと預けた。
一刀両断されたはずの魔の者は何事もなかったかのように起き上がると、男に背を向け紅の髪をした女の方へと向き直った。
「裁かれなくちゃ・・・裁かれなくちゃ・・・裁かれなくちゃ・・・裁かれなくちゃ・・・」
まるで糸の切れた人形のように虚ろな目をしながら、ニヤニヤと笑みを浮かべ、同じ言葉を繰り返し、女の元へと歩を進めていく。
男はその様子を観ながら、ニコニコと笑みを浮かべている。
「そうそう、魔の者になっちゃったんだから、ちゃんと裁いてもらわないとな。」
自分の元へと向かってくる魔の者と、男の顔を見て、女は眉を怪訝そうにひそめる。
フゥっと溜息をつくと、そのまま目を閉じ、神槍を真っ直ぐ標的へと向ける。
「執行。」
女が神槍を横に薙ぐと同時に、魔の者の身体が赫い炎に包まれる。
その顔は先ほどまでと違い、恐怖ではなく喜びで満ち溢れていた。
聖なる炎にて裁かれる歓喜に打ち震えながら、魔の者は灰となって崩れ落ちる。
「ハハッ、いい散り際だったじゃないか。恐怖で焼き尽くされるより100倍マシだろ。」
男は灰になった魔の者の上を踏み歩きながら、女の元へと歩みよっていく。
女は手に持った神槍を逆さにし地面に突き刺す。
瞬間、辺りを覆っていた炎は消え去り、燃やし尽くされた家屋と魔の者、燃やされずに切り裂かれた家畜が露わとなる。
それはフランスの辺境の村が魔の村と認定され、紅き女と黒き男が村に入って小一時間の出来事であった。
魔女狩り。
魔女の疑いがある者、魔女を匿っている疑いのある者は全て聖なる炎にて裁かれる。
二人の男女はその裁きを神に代わり執行する、教皇直属の異端審問官。
魔女狩りの使徒であった。
女はフゥっと溜息をつくと、男を睨みつける。
「海、余計な事に神の力を使わないで。」
「そんなに睨む事ないだろ?助けを求められたんだ。どちらにせよ裁かれるんだから恐怖と苦痛にまみれて裁かれるなんて可哀想だろ?」
「可哀想・・・?」
「紅刃、聞き間違いだ。」
今にも神槍を突き立ててきそうな紅刃から、海は生き残りがいないか辺りを確認するフリをして距離をとる。
彼は紅刃と同じローマ教皇の異端審問官であったが、正直魔女狩りなどどうでも良かった。
ヨーロッパ中に狂気のごとく吹き荒れている魔女狩りの嵐は、ローマ教皇庁にとって神の力と権力を示す良いPRであり、民衆の不安や不満の捌け口としての体のよいショーであり、よくできた政治、宗教戦略だな位に思っていた。
元々、中国王家の嫡男として生まれ、王家の権力の全てを手中にしようと起こした謀反に失敗し、国外逃亡の末たどり着いたのがこの国の教皇庁であった。
中国王家に伝わる陰陽道と巫術の秘技とを引き換えに得た、身の保証と身分として特例的に異端審問官になったという経緯であり、信仰などは体面だけで持ち合わせていなかった。
彼にとって魔女狩りはどうでもよいことであったが、その執行において用いられる神の力、魔女の鉄槌と呼ばれる十字架を模した神具にはとても興味があった。
彼が与えられた神剣は、物体ではなく、形のない邪気や邪心を切り裂き、斬りつけた相手に自身の考えを刻み込むことができるという力を持っていた。
この力を100%使い熟し、炎の中も無傷で通れる陰陽道や巫術の力も用いて、教皇の座をいつか奪ってやろうと考えていた。
本来の使い方としては、教皇庁の神の教えを刻み込み、改心させるというものなのだろうが、海には使い勝手の良い洗脳神器である。
先刻、助けを求めてきた少女も、たまたま見た目がタイプだったために、神剣の力で裁かれることが幸福であると洗脳し苦しみを和らげてやった。
魔女狩りの標的にされた村のことや、その他の村人がどうなろうと知ったことではないが、自身が好む女が教皇庁の勝手な方針で犠牲となっていくのは容認できないところであった。
先ほどの娘の器量であれば、いずれ権力を取り戻した際に側室として迎える価値もあったというのに。
もったいない・・・
そんなことを考えながら紅刃の方に向きなおると、彼女は自分のことにはもう関心がなくなったようで、暗雲を見上げながら、何か物思いにふけているようだった。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
紅刃は自身が焼き尽くした者達を見ながら祈る。
それは、焼き尽くした者達に対する祈りではない。
彼女の中では、魔女は炎によって裁かれるのが当然のことであり、教皇が魔女の村と下した判断に間違いなどないのだから、自身の行った魔女狩りに一欠片の後悔や疑問などの感情はない。
例えそれが同じ人間なのだったとしても、魔女と認定された時点で、彼女の中では魔の者としてふるい分けられ、それ以上でもそれ以下でもなくなるのだ。
今日も魔を裁き、神罰の代行者としての務めをまた一つこなした彼女が信仰する神へと捧げる祈りは唯一つだけ。
次こそは、あの魔女に巡り合わせて下さい。
彼女がその魔女を知ったのは6歳の時、眼前の平野に広がる数百の死体の群れを見た時。
黒死病。
それが彼女の村を襲った災厄。
2年余りの間にヨーロッパ全人口の4分の1。
2,500万人以上を煉獄へと落とした最悪の疫病。
一緒に高原を走り抜けた友人達。
優しくしてくれた隣家の叔父さんや、叔母さん。
まだ歩き始めたばかりの愛らしい妹。
そして最愛の父と母。
眼前に横たわる愛する人達の皮膚は黒く壊死し、今まで見たこともないような苦悶の表情で暴れ嘆き、そうして出来上がった死の群れは彼女の脳裏に一生消えない地獄を刻み込んだ。
彼女が助かったのは本当に奇跡としか言えない。
教皇庁の調査隊が駆けつけ、保護された彼女は村で唯一人、黒死病に感染せずに生き延びた。
これを彼女は神の奇跡と感じ、その身を神へと捧げることを誓った。
愛する者達へと死を運んだ魔女、パンドラと呼ばれる災厄の魔女をこの手で葬り去るために。
教皇庁に保護された際、黒死病を撒き散らした魔女としてその名を聞いた。
そして成長し、異端審問官として9度目の遠征に出た際に、その名を目撃した。
此度と同じく、魔女が潜むとされる村を聖なる炎で焼き尽くす最中、それはいきなり眼前に現れた。
その魔女は名を告げなかったが、教皇庁より聞いた特徴と、何より彼女の中の本能がその名を確信させた。
彼女の持つ神槍は突き刺した所より聖なる炎を生み出し、聖なる加護により魔の者の力の影響を遮断する力を持っていた。
これにより彼女は黒死病をはじめ、魔女が引き起こしたとされる災厄から身を護ることができた。
さらには神槍の力を極限まで用いた奥の手もあり、彼女は己の村を煉獄へと変えた魔女に何の恐れも抱かなかった。
仮に神槍がなくても恐れは抱かなかったであろう。
6歳の頃より10年もの間、待ち望んだ瞬間。
最愛に死を運んだ最悪に、この手で裁きを与える機会に巡りあえたのだから!!
「異端審問官、紅刃ァァ!!魔女の鉄槌を執行する!!!!」
神槍を地に突き刺し、災厄の魔女を炎で包み込む。
魔女は炎に身を焼かれながら冷ややかな瞳でこちらを見ていた。
彼女は感情の爆発のまま、炎燃えさかる魔女へと直に神槍を突き刺すと、渾身の力を込めて聖なる炎を巻き起こす!
「燃えつきろぉォォ!!!!!!」
劫火が柱となりて天へと吹き荒れる!
その中心にいるものは一瞬の内に灰燼と帰すだろう。
神槍を引き抜く。
炎は瞬時に消え去り、燃え尽きた地面がクレーターのように黒く広がっていた。
彼女は冷や汗をかいていた。
確かに突き刺したはずの神槍に全く手応えがなかったのだ。
そして、周囲の空間に感じる災厄の魔女の気配。
彼女は神槍の奥の手を使う。
手に持つ神槍を額へと掲げ、神へと渾身の祈りを捧ぐ。
あたり一面を照らし出すほどの光を放つと、彼女の姿は神槍ごと消えていた。
実際にはその場にいるのだが、災厄の魔女からも、生き残りの魔の者がその場にいても彼女の姿を認識することはできなかったであろう。
所有者の存在を特定の者の認知から一切外してしまう力。
今、この場で彼女を知覚できる者は誰もおらず、例え偶然、彼女に触れたとしても、それを認識することは決してない。
完璧なるステルス。
それこそが、神槍の真の力。
紅刃は息を殺し、災厄の魔女を探す。
気配はあり、すぐ近くに潜んでいることは確かであった。
姿を現した瞬間に今度こそ神槍を突き刺す。
そう決意し、認知操作を続けながら彼女はその瞬間を待つ。
永遠にも思える時間。
実際は10秒ほどだったが、それは現れた。
彼女の目の前、50mほど先に突然に。
ありえなかった。
彼女はその方角から目を離していなかった。
いきなり視界に現れた。
そして、また忽然と姿を消した。
今度は気配もろとも。
彼女は怒りと絶望で嘆きながら、戻った教皇庁の極秘資料にて、災厄の魔女を真に識る。
皮肉にも災厄の魔女の力の一部は、彼女が授かった神槍の力と同じ類のものだった。
この世の誰にも自身を認識させず、この世の誰にも自身の存在に干渉できなくする力。
災厄の魔女がその気になれば、教皇庁の誰にも彼女を見つけることはできないという事実。
以来、紅刃は祈り続けている。
もう一度、自分に災厄の魔女と出会わせてください。討つ機会をもう一度だけくださいと・・・・
教皇庁の力を持ってしても辿りつけない魔女に辿り着く為には、神に祈り続けるしかなかった。
紅刃は瞳を開くと、幼き頃に故郷の村で見た黒い煉獄と同じ風景を見る。
彼女の炎で焼き尽くした村の焼け跡と黒く炭化した死骸の群れを。
そうして彼女はまた次の標的を求め歩き出す。
叶うか分からぬ復讐の願いを胸に・・・
「海・・・」
この場を離れようと、海に声をかけた刹那、それは聴こえた。
「「その願い!!!承認しよう!!!!」」
彼女が見上げ祈りを捧げていた暗雲が霧散し、神々しい光が降り注ぐ。
その光は紅刃と王海ごと街を包みこむと、次の瞬間には何事もなかったように消えていた。
あとに残されたのは燃え尽きた煉獄のみ。
「・・・・・・・!?」
紅刃は驚愕の目を見開く。
そこは、四角錐のテーブルを中心に、金の砂塵が辺りを天の川のように縦横無尽に流れ、虹色に煌めくシャボン玉が下から上へと登っていく。
見上げた先には空はなく、ただ神々しい光だけが存在し、この場にあるものに降り注ぎ照らしていた。
「「レディース・アンド・ジェントルメン!!」」